2021年04月09日

親の先々B

介護3の認定が下りて特養探しに入るのだけど…その前に「酸素不足」の話。

母はずっと前から「かかりつけ医」を持ち月一の通院は欠かさなかった(途中医院は変わったけど)

だからある意味「病気」に関してはそんなに心配してなかった。具合が悪ければ月一に加えて通院してたし。

でも。大きな病院への入院時の検査の時、酸素量を測ると(指先につける装置で)「え?・・・かなり少ないんですけど」と看護師さんが心配そうな顔に。

「おかしいなぁ・・」と再度測定。それでも低い。

看護師さんの表情や言い方で「治療が必要なほど低いのだな」と理解しました。

「・・・かかりつけ医はいらっしゃらないのですか?」と聞かれたので「いえいえ、月一で必ず行ってます」

「そこで酸素は測らなかった?」

母「測ってます」

「少ないって言われたことは?」

母「そうですね、いつも少ないね〜、とは言われてます」



看護師さん&私「・・・・・・・・・・・・・・・・」



酸素不足はすぐに鼻チューブ装着、そして・・・その後(いろいろな検査の後)お医者さんから「間質性肺炎にかかってありますけど、治療は?」と聞かれ唖然。

いや、時々咳が出てるなあと思っていたけどそのかかりつけ医から毎回「咳止め」をもらってきており、(数か月)お医者さんが「咳止めで治る」と診断されたのだからそれで大丈夫だと思っていた。

咳が続くのに何の検査もしてなかったのかな。酸素もそうだけど・・・・(危険水域だったらしい)

胃カメラとかはやってたけど(母は嫌だと言ったけどどうしても、と→鼻から通すカメラは本当に苦しかったそう)なんだかなぁ。

ご近所の人も一部は「あそこはダメ!」って言ってたけど、「普通にいいよ」と聞いていたので安心しきってました。あまり検査検査というのはどうかと思うけど、かかりつけ医選びも適当ではだめですね。「家から一番近い」というだけで決めたので。。。(-_-;)


続く。



















































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2021年04月07日

親の先々A

私は知らなかったけどこういう大きな病院には「医療ソーシャルワーカー」という方がいらっしゃるのですね。

入院前の検査の時に名刺を下さり、その後の相談役になってくれたのがその人は、元気で明るく、シャキシャキと話を進めてくれる、そういう人で

少しずつ話していくうちに、「母の退院後の不安」・・それを正直に言っていいのではないか、と思い、そして本人とは会えない(面会は一切禁止)ため、伝言役のように、こちらの思いと母の思いを調整してくれるようになったのです。


で、母は。「これまでずっと自分でできることは自分でしてきたけど(「は?よく言うわ〜(-_-;)」って感じ)もうそれは無理かなと思う。」と言ってると。

母は早期からデイサービスを利用してきたせいか「人にしてもらう」ことが当たり前になっており、もうデイサービスが大好き。旅行も行かず何があってもデイサービスだけは絶対休まないという徹底ぶり。(2つの施設に通いどちらも上手くいっている)

だから人(家族ではない人)に面倒を見てもらうことにも躊躇はない。

それから数度、こちらの気持ちや意見を伝えてもらい、母が何より安全に、1人でいることがない、そう過ごせる場所はホームだよね、とソーシャルワーカーさんの勧めもあって、そちらの方向に進むことになったのです。

ではそういう場所を探さなきゃなのだけど、母の収入(国民年金のみ)で入れるホームは特養しかない(特養でも足りないけど・・・)

でも特養って要介護3以上じゃないと入れない(特例で1や2でも入れる場合もあるらしい)

軽費老人ホームは母の年齢や介護度で入る場所ではないというのも分かり、その他で安価で入れる施設・・・と日々ネットでいろいろ調べるけど、そういう場所は見つからない。

どうしたものか・・と思っていたら、ちょうど介護認定の時期になり、ソーシャルワーカーさんが言うには「もしかしたら介護度が上がって3になるかも・・・」(それまでは1)

なぜなら車椅子になってること、そして入院時に明らかになった「酸素不足」で鼻チューブを装着していること。

でも私の感覚としては「3はさすがに無理じゃないのかな。。」と思っていたのですが、要介護3の認定が下りた、と連絡が入ったのです。

「ああ、これで特養に入れる・・・」と本当にホッとました。

一抹の「私が世話をできずに申し訳ない」という気持ちはあったけど、社交的な母にとって、幸せな場所は「個室で過ごす家」ではなく、おしゃべり相手がいつもいるホーム、ということも間違いない。


で、特養探しに入るのだけど…その前に。。


続く






















































posted by acco at 12:42| 福岡 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年04月05日

親の先々

去年の11月中旬。母が自室で転倒し腰椎骨折をした。(尻もちをついた感じ)

整形外科で受診した後、地元では大きめの病院で、患者さんは老人の比率が多い・・・ほぼ老人?

きっと皆さんの町にもあるであろう、そういう病院に入院することになり、入院準備や検査につぐ検査の付き添い、そして入院後は着替えの取り換え(引き取りに行き→洗濯して持って行く)そして月一の面談(お医者さん・看護師さん・理学療法士さん・医療ソーシャルワーカーさんに囲まれての面談)と、まぁそこまで大変!というわけではないけど、なんだか落ち着かない日々を過ごしていました。

何より・・・去年はもう売り上げ激減で、夏ごろから「このままではまずい」と、バイトを探し始め、やっと見つかったバイトが12月からで、そちらはもう完全な初心者で覚えなきゃいけないことが多々あり・・・そのバイトの帰りに病院に寄って洗濯ものを受け取り、バイトに行く前に持って行く、みたいな生活で。

頭の中も身体も、「ああ、いろいろ溜まっていくなぁ・・」みたいな感じになってしまってたなぁ。

何より「これからどうなるんだろう?」って。・・・母の退院後はどうなる?

骨折の方は多少は回復はしているのだろうけど前のように歩けるのか?といえば、それは難しいと。

そして家で生活できるレベル「トイレに一人で行ける」になるのか?も微妙。

退院して帰ってきても車椅子とかで移動できる家ではなく、もし戻ってくるとすれば、私が身体的な介護まですることになる。

ローン組んでリフォーム?私の腰で身体的介護とか無理では?

・・・ちょっと想像しただけで近い将来、老々介護でどちらも潰れてしまう様子が頭に浮かぶ。。。

続く。





































posted by acco at 16:42| 福岡 ☀| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする